■ 何を?
入江FT(フィンガーテスト)(微小な反応の感知検出法)により、東洋医学(漢方、鍼灸学、あんま)の「原理の証明法」を可能にしました。入江FT(フィンガーテスト)とは、東洋医学の原理の源である『陰陽五行説』を空理空論として捨て去る前に、東洋医学を創造した古代の医人達が残してくれた痕跡の解明の鍵を与えてくれるものです。
■ なぜ? どうして?
何の目的のため、何を想い創られたのか?を書く前に、故入江正先生のことを少し紹介してみようと思います。
九州大学理学部の数学科を卒業し、数学者として教鞭をとっていた時期もありましたが、縁あって、その後薬局経営に参加し、36年間経っていました。その内訳として、漢方を研究すること33年、鍼灸師の免許を取得して15年の履歴を持ち、漢方を本業と考え、心血を注ぎ努力されてきた方でした。
鍼灸の師匠は、故間中喜雄医学博士で、入江先生に幅広い観点と自由な発想力をもたらした恩人だとお聞きしています。
入江先生が亡くなって数年が経ちますが、入江FT(フィンガーテスト)を見つけ、それを使用して行う「診断・治療」システムをつくるきっかけは、
「実は33年間心血を注いで努力した漢方を遂にモノにすることが出来なかったから・・・。」
と著書に書いておられますし、先生、ご本人からも直接お聞きしていました。自分の能力に対する過小評価、ご謙遜と共に、現代の中国や日本の東洋医学に対する世論の過大評価のギャップを意識され、とある4つのキッカケを分析した結果、
『日本で100年ほどの歴史しか持たない西洋医学を修め、2000年の歴史を持つ漢方をちょっと勉強しただけで、“指導者を自負する方々”を信じないことにした・・・』
とおっしゃっていました。
小学校から大学までの長い教育を受け、しかも漢方薬局の現場で33年間研究し、それでも、ほとんど東洋医学を理解できなかったのはなぜなのか・・・?!
当時、入江先生と共に漢方を志した友達も、10年も経たないうちに「傷寒論」を理解する困難さのためにあきらめ去っていく中で、ある日突然訪れたアイデアと微小な反応の検出法、そして追試・実証法が入江FTだったと(お聞きしています)。
もしかしたら・・・科学的な西洋医学の色メガネで見ていたら、見えない原理があるのかも・・・!
とすれば、勉強法にも、ものの見方にも、そして何より臨床の現場での患者さん方の心身へのダメージにも、ダイレクトに関係するかもしれない・・・と、目からも頭の中からも鱗が音を立てて落ちることになってしまったのであります。
以上が入江先生の東洋医学との関わりの概略になります。
次に、故入江正先生が著書の中で引用していたものを紹介しますが、最後に、現代を生きる私達にむけて「3つの言いたいこと」として、私の方でもまとめていきたいと思います。
『〜作家、司馬遼太郎氏のものより引用〜
● 文明とは、だれもが参加できる普遍的なもの、合理的なもの、機能的なもの
であり、
● 文化とは、不合理なものであり、特定の民族においてのみ通用する特殊なものであり、他に及ぼし難い非普遍的なもの
である。
例えば、
・赤信号で人や車は止まり、青信号で進む
この取り決めは、世界に及ぼしえる普遍的なものであるから、交通信号は文明であると・・・。
これに時間的要因を加えると
例えば、
日本で鉄器が祭具以外の生活用に使用されだしたのは、弥生時代後半、西暦500年頃と言われている。が、中国では、その千年も前の春秋時代、紀元前500年頃には鉄製の農具が作られていたことを考古学で証明できるという。
文明は、超先進国から後へ続く国との落差でも論じることができるものもあるのである・・・(以下省略)』
日本では漢方薬は薬品であり、アメリカでは食品ではあるが文明の範疇に属する。
しかし、日本の漢方学は政府からは、文化とみなされており、中国では、中医学は文明と認識されているが、実質は文化の範疇に属すると入江先生は考えていたようです。
数学者として教鞭をとっていた入江先生が、長年、漢方薬、そして鍼灸医学を学び、想った結論と、私どもが、青春期に没頭し、祖父から受け継がれた鍼灸世界への思いは、『文明であるはずのもの』であり、『文明であるべきもの』・・・文明への証明、“学”と“術”の両輪への挑戦だったということも出来るのです。
故入江先生が言いたかった3つの事
その1.二千年もの昔に作られた医学には、現代の我々の常識が通じない「なにか」がある!という事。
その2.我々の常識を捨てるか、常識を変換すれば、その一部は理解できるであろう・・・という事。
その3.その医学の基礎理論となっている陰陽五行説を決して破棄してはならず、真理として納得できるものを集めて再編しなければならない時期に来ている!という事。
冒頭に書いたように、鍼灸や漢方を「文化」であると考えたとすれば、その時から呪術師に堕ちてしまうことになる・・・と繰り返し入江先生は強調しておられます。
ただし、「文明」とは、今日私達の考えている科学と同義でないことを繰り返しておきます。
最初の定義通り『普遍的、合理的、機能的なものであれば宜しい』という事であり、その文明の心こそが、古代の医人の心であったのではないでしょうか・・・。
科学的西洋医学こそが文明であり、オールマイティであり、パーフェクトと考える事を手放してもいい時代が来たように感じるのです。
■ どんなふうに考える?
現代科学のカケラもない時代に、二千年前の医人たちは、なぜ陰陽五行説、臓腑経脈説、気血水説などの理論を組み込んで、東洋医学を作ることが出来たのか?
目の前にいる人は、視界の中におさまりはするけれど、膨大な情報を抱えた“小宇宙”のようにも見え、鍼灸師として駆け出しの頃は、何を見たら良いのか見当もつかず、気が遠くなる想いを何回も味わいました。
私の祖父は、明治生まれで、自分自身がお灸で命が助けられた経験から大正から昭和にかけての大変な時代に漢方と鍼灸の復活に懸命に努力した人でした。江戸末期頃までは、東洋医学に関する無数の秘伝や口伝が残っていたと推察されます。
が、明治16年10月の漢方医廃絶の政令以後約123年を経た現代までの間に、ほとんどのものが時の流れの彼方へ消え去っていった・・・と言わざるをえません。
「文字や絵で残されたものは、まだ何とか復元できる。口伝や秘伝のような無形のものが、忘れ去られたら、もう手の施しようが無い。」
と、入江先生も著書の中でも書かれていますが、私の祖父の代が、漢方・鍼灸の完全な忘却を防いだ功労者だと言われるゆえんなのです。
現に今でこそエキス製剤の漢方薬が主流ですが、昭和40年代には、煎じ薬としての漢方薬草の数々が、祖父の家には常備されており、私が小さい頃には、遊びに行く度に、端からつまんで食べていたことを思い出します。
その後、日本では、漢方薬を薬として扱うマニュアルが国策となったため、祖父の周りからは漢方薬草の類は姿を消しました。
今になって思えば、それは世の中が西洋医学の色メガネで漢方薬をとらえ、分断された最初の出来事だったのです。
しかしその後、先述しましたように、世の中の東洋医学の過大評価ブームとうらはらに、結局、期待の漢方薬も身体に優しげなニュードラッグとしてしか機能させられなかった・・・と言わざるを得ない状況になったと思います。
入江FT(フィンガーテスト)と、そのシステム活用を通し、犬でも、まだ口のきけない幼児でも、病気の時には、必要とする刺激があり、最初は嫌がっても、その次からおとなしく受け手にまわってくれる・・・という現象を目の当たりにすると、治療する側にもされる側にもある種のイメージの変換が必要なのではないかと思うのです。
実際、鍼灸も漢方も原理原論を否定しない形で、診断・治療が行われた場合、急性の病には1包〜3包以内の漢方製剤で、鍼でも治療直後から急激に回復することが普通に起こるものだと体験しています。
さて、前置きが長くなりましたが、どのように考えているのか・・・?
私達人間は、未解明の能力を持っているにも拘らず、開発する教育や技術のシステム欠如のために、発揮できない能力があり、患者さん側も、自分の身体の発する微細な訴えについて、正確に読み取り(自覚し)、他人に伝えることが出来ない・・・という現状が横たわっています。
洋服、車、食べ物、時計、多種のサービスなどなど、世の中の消費者は、それらを吟味して選ぶ基準があるにも関わらず、医者の前では、自分の身体のことなのに、丸投げ、いいなりの状態なのは、理不尽に思えるのですが、いかがでしょうか?
鍼灸も漢方もユーラシア大陸で開発された故か、材料、材質の多種多様さ、利用法、変換法は多彩であり、二千年前の医人たちが如何に自由な考えを持っていたかが伺えます。
が、追試しようにも、あまりに多彩で不可能な壁に見え、また少し理解できても活用する意思を持たないままになってはいなかったでしょうか?!
入江FT(フィンガーテスト)は、もう一度、原点に返る素直さと勇気さえ持てれば、公理・定理・公式を知って問題を解くがごとく、壁に見えた膨大な過去のハードウエアがソフトウエアにより整理、作動、追試されていくチャンスに変わっていく過程を与えてくれるのです。
■ おまけ〜臨床回想録〜
「西洋医学の色メガネ」の色メガネとはどういう事なのか?
は、次項へ譲るとしまして、私どもが経験した20年足らずの臨床の現場から1つ興味深い治療法をご紹介してこの項を〆ようと思います。
《経筋治療》
日本における漢方と鍼灸医学は、今現在でも免許の取り方から学習法まで、全て分断され、別々の学問であり、別々の技術だとされてしまっています。本来は両輪として動いていたものです。
鍼灸医学には、陰陽五行説と共に、臓腑経絡説があり、“経脈”という潜在的な情報伝達ルートがあり、それは臓腑とも深くつながっていると認識されています。
※ 経脈には、十二経別、十二経絡、十二経筋、奇経八脈等々があり、それぞれを結ぶ絡脈もあります。
経筋の流注(ルート)は、特殊に働き、感知される流注で(ルート)で、経絡のように臓腑まで直接達せずに、体表を主に、出現しています。
東洋医学では、気候を説明するときにも、最初に陰陽に大別し、四季に分け、そして次に四季の変化を六氣に分けていくという考え方をしていきます。
“風・寒・暑・湿・燥・火”というように分類した六氣は、正常な状況では、人に対して有益なものになり、異常な状況では六氣から六淫という、人に対し病気の原因になり不利なものとなっていくと考えます。
例えば、夏の“暑と火”の外気と冷房、冬の“寒と燥”の外気と暖房の差。
湿った涼しい風に当たりっぱなしなどでも六淫に変わり身体に悪影響を及ぼします。
このような影響でよく出現する“経筋の症”は四季を問わず、誰にでもやってくるものです。ところが、この病をどうやって見分けるのかは、頭の中を変換し、入江FT(フィンガーテスト)を使わない限りは、正確な診断ができないという、とても興味深い結果となっています。
経筋の病症は、“痺”と“痿”。つまり、“ひきつれ”か“なえる”かで、痛みの程度やひきつれの絡みも様々で、自覚症状も我慢できない強烈なツレと痛みから、ダルサや重さを感じる程度、違和感など様々です。
ただし、受療者(患者さん)自身も何が原因で、どう処置したらいいかもわからず、また症状を表現することも困難なため、中には6ヶ月以上も病院へ通い続けたりしていた例もありました。検査をしてもなんら異常値が出ないため、仮病扱いされることもしばしばありましたネ・・・。
この経筋の症に限っては、診断法の四診(望診・問診・聞診・切診)や鍼灸診断法で有名な脈診や圧迫診も全く役立たない・・・と入江先生もおっしゃっている通り、入江FT(フィンガーテスト)だけが頼りになる強い見方のようです。
6ヶ月もウズウズしていた症状が、わずか数分で解決してしまう事もある程、即効!が体験できる興味深いものです。
「東洋医学の古典は原典ではない・・・。」
古典を信ずる治療家の中には、古典を原点と盲信する方も居られますが、古典に残されていたものは、数々の闘争の中で散ったり、また集められたりしています。その中でも実用的、実証的なものを選ぶ姿勢が大切だと思います。経絡治療で鍼治療を全てカバーできると思い込んではいけないし、また逆に、鍼灸治療を温熱療法や物理療法、運動器系の筋肉や神経の走行のみで考える(または考えたい)医家の方々にも開眼を望むところです。
この経筋治療からも垣間見られますように
「東洋医学を創造した医人たちは、合理的、実利的、そして実証的だった」
と、いえるのではないでしょうか。
目で見て、手に取ることができないものは信じない・・・
という考えの方には、受け入れがたいことなのかもしれませんが、“経筋の症”のように異常情報を発信している人間のニーズを感知し、フィードバックすることに懸命だった昔の医人たちには、目で見えても見えなくても、体表に投影された情報解析をすることが最大の関心事だったのではないでしょうか・・・。
